知覧特攻平和会館…尊い犠牲のおかげで…

指宿温泉に行ってきました

毎年、積み立てをして

分院長たちと旅行をしています
今年は、知覧特攻平和会館へ行くことを

目的にプランを組みましたです

 

 

 

まずは、乍分院長の出身地、

熊本まで、新幹線で向かいました。

到着が午後7時頃だったこともあり、

すぐに乍分院長ご親戚のおすすめ
「五郎丸」へ行ってきました

 

 

 

違いました。「五郎八」でした
そこでは、馬尽くしコースを

いただきました
馬刺し、すき焼き、握り、をたらふくいただいて

からのなんとフグの刺身をご親戚から

頂戴し、堪能しました

 

 
翌日、レンタカーを借りて一路、知覧へ
ここでは…
泣けた~、泣・泣・泣・泣・泣~

涙が涸れるとはこのことです。

 

 
家族のために特攻していった人たち、
といっても少年飛行兵は17歳です。
あどけない笑顔で…
軍による洗脳もあったと思いますが
国を守るために命を投げ出した

 

 

 

心には、いたく感動しました
特攻作戦は、沖縄を守るために

たてられた作戦だったのです。

 

 
沖縄の人たちを本土の人間は

粗末に考えてはいませんでした
知覧が特攻基地として選ばれたのも

沖縄防衛のための地の利が

あったためでした。

 

 

 

亡くなった方は、人口の多い

東京都出身の方の数が多かったです
さて、映像で見た特攻兵の物語です

 

特攻
29歳の将校は、そこで教官をしており、

教えた生徒たちが特攻して命を落としていく
ついには自分の志願するのですが、

飛行教官ではないため
軍からは、候補から落とされます
家族(妻と2人の子供)は、

自分たちがいるから、

夫が候補になれないと
判断して、川に身を投げて

亡くなってしまいます。

 

 

家族からの遺書が夫に届き
再び、志願して特攻兵となり、

家族のもとに行くことができるとの

手紙が残されています。

 

 
これを書いているだけで、

涙があふれます。
本当に涙が涸れてしまいました。

 

 
魂のゆさぶりを感じながら、

知覧特攻平和会館を後にしました
日本人なら、一度行くことをお勧めします
自分たちの今ある背景には

このような方々の犠牲があったことを

忘れてはなりません

 

人様の役に立てるひとにならなければいけません