ベトナムの〈伝統医学〉は、どのように創られて、日本との違いはあるのか

今、私は大学院で柔道整復師の社会的価値について研究しています。それをまとめて今年度中に修士論文にするのですが、その過程でベトナム医療政策史の本を読みました。

先進国から途上国、南の島に至るまで世界中に二つの医療が併存しています。

一つは近代医療や西洋医療といわれる一般的な医学です。これは人の身体を科学的にとらえ診断を下します。人類の健康に最大の恩恵を与えたと思います。1950年代まで日本の死亡原因のトップだった結核を抑え込み、様々な感染症を予防、治療してきました。

令和3年(2021)人口動態統計月報年計(概数)の概況https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/geppo/nengai21/index.html

日本人の長寿化は、周産期母子の死亡率を下げたことなどの影響もあって、近代医療によって成し遂げられました。ガンの増加や血管の機能不全はある意味、長寿化によって発生してきたともいえるかもしれません。

平成26年版厚生労働白書(平均寿命及び乳児・新生児死亡率の推移)https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/geppo/nengai21/index.html

そしてもう一つが、我々のような伝統医療です。なぜ伝統医療が起こったかと言われれば、これは、病気になった人の求めだったと思います。苦しんでいる人に家族や親しい人が、手当て(文字通り、手を当てて)したことが始まりで、それとともに何かのきっかけで効能を見つけた薬草や動物性の物質で病気を治してきました。これ以外にも祈りとか祈祷などもあります。

例えば、柳にはサリシンと呼ばれる鎮痛成分があります。これを研究してドイツのバイエルという製薬会社がアセチル化してアセチルサリチル酸(アスピリン)を合成し、特許をとって利益を上げました。いまでは血液サラサラの薬としても使われます。

日本でも柳を楊枝にすると歯が疼かないと言われて、なんとなく効果に気が付いていたようです。このようなことを繰り返して、様々な物質の薬効が利用されてきました。三十三間堂のお守りは、頭痛封じとして有名ですが、柳の子片が入っているそうです。

他にも、どうやって見つけたのかはわかりませんが、牛の胆石(牛黄)は、強心剤(そんなに強くない)として使用されてきました。牛黄には、末梢血管の持続的拡張作用があり、抗アドレナリン作用がその本体だろうと考えられています。

私たちの仕事である鍼灸や柔道整復もいろいろ試行錯誤して、効果のあったものが少しずつ残っていったという経過を辿ったと思われます。(江戸時代までは、近代医学も伝統医学もあまり差がなかったようです。)

現在では、鍼灸や柔道整復も国家資格となっており、かなり厳格なカリキュラムを受講して、国家試験の受験資格を与えられるようになっていますが、医学のカリキュラムとは、全く比べ物になりません。明治時代以降の医学の発展は、国の制度とともにどんどん高度化して、伝統医療との差は開くばかりとなりました。

ただ、医師の高度な治療(手術、薬剤、検査など)の必要がないような緊急性のない体の不調であれば、物理刺激が、体の異常部位にダイレクトに影響を与える我々の施術のほうが、優位性がある場合もあります。

それを誰が見分けるのかが難しいところですが、我々にも緊急性のある異常を見つける知識や問診が必要で、見つければ紹介状を書いて医療連携しています。(寿晃整骨院では、年間100例を超える医療連携をしています。)

さて、前置きが長くなりましたが、ベトナムは1887年からフランスによる保護国となり、フランスを通じて近代医療が入ることとなりました。

それ以前より、ベトナムは、中国の影響が強かったので漢方薬を中心とした伝統医療が、さかんに行われていたようです。それと同時にベトナム固有の伝統医療があり、微妙に伝統医療といっても2系統あるようで、その後日本からも鍼灸技術が導入されたりしており、なかなか複雑な歴史があるようです。

さらにそれに政治が絡みます。もともとのベトナムは中国の影響が強く、その後フランス、そしてベトナム固有の文化と政治があり、中国、フランス、日本、共産党、その後のベトナム戦争によるアメリカとなんだかよくわからなくなります。

で、最後に私が一番言いたかったのは、日本は恵まれているということです。

最近、日本では、英語教育を子供の時代からするべきだという議論があります。ベトナムの医療教育と対比して考えてみると、言語の影響は大きいです。そもそもの漢方薬は中国語、その後のフランスから入ってきた近代医療はフランス語、ベトナムの伝統医療はベトナム語、そして現代の医学を学ぶためには英語教育が必要となります。そしてこれらの横のつながりは言語の影響もあり絶望的です。

それから考えると日本語による教育は神がかり的に効率がいいです。さきほど、「牛黄には、末梢血管の持続的拡張作用があり、抗アドレナリン作用がその本体」と書き込みましたが、おそらく日本人であれば、医学的な専門教育を受けていなくても、なんとなく手足の先が温かくなって、気持ちが落ち着くのかなというイメージができたと思います。

日本では、医療教育を受ける側だけでなく、患者さんへの説明の時に、専門用語をある程度使っても、理解してもらえるのです。表意文字である漢字と表音文字であるひらがな、カタカナの組み合わせは、最強です。

私が以前に陸上部の選手を整形外科に紹介したときも整形外科医に「寿晃の患者さんは、シンスプリントという専門用語で説明してくれる」と笑っておられました。高校生の患者さんにアメリカのスラングであるシンスプリントの名前と解剖学的な説明を漢字である専門用語でしても、理解してくれるんです。頭がいい、悪いという意味ではなく、日本語というツールが便利なんだと思います。

言葉の問題は、アメリカでも起こっていて、医学系の英単語はかなりの部分、ラテン語がつかわれるので、患者に理解してもらうために苦労するそうです。また、アメリカの言葉の1/3は、スペイン語になっていて、スペイン語を話せる医師や歯科医師は不足しているように見えました。

日本人が英語を学ぶべきかどうかについて、私の考えは、必要な人とっては必要になってからでも身につくと思うので、特別な英語教育は必要ないと思います。子供のころは、日本語の勉強をしっかりしてほしいと思います。子供の時に英語教育をすることを求める人は、大人になってからの苦労がつらかったのではないかと思いますが、子供の時に英語をやらされてもつらいのではないでしょうか。

通訳の人は、英語を習う順番が「①単語、②スピーキング、③リスニング」だそうです。日本人はスピーキングが一番苦手ですね。しかし、それを繰り返していくことでしゃべることができるようです。

私の英語能力はなかなか伸びませんでしたが、また勉強しようかな。

寿晃整骨院 総院長 木下広志